活動実績

【写真】炭焼き指導inベトナム

2日から仕事です。

窯の中

 

焼きあがった炭


 

選定・切り分け・箱詰め


私の誕生祝いベトナム流の祝宴

2018年1月1日。
ハノイを午前4時20分に車で出発して、山岳地帯少数民族の村の工場に7時間かかって11時25分に到着。
待ってたのは、正月1日だけ休みの従業員達。
工場長他50名、私の誕生祝いの為集まってくれていました。
ベトナム流の祝宴が始まった。

            

年末からラオス~ベトナムへ炭焼き指導の旅へ…

私の人生の中で年を跨いで(平成29~30年)の旅。(満78~79歳)元旦生まれ。
しかも遊覧の旅ならいいけど、12/31~1/1日かけて炭焼き指導に出発します。(ベトナムは、2月旧正月)

備長炭窯、2窯。黒炭窯 3窯、竹炭窯3窯を31日から16日間に山岳地帯の少数民族の若者達に身振り手振りで、時折炭焼き専門用語、ショウジ(窯の中の底にある穴)、ネラシ(備長炭は出炭時に行う大事な作業、黒炭・竹炭でも最後の密封前の大事な作業)を説明。
それに輪かけて熊本弁丸出し(ソギンデナカタイ、コギヤンタイ)通訳泣かせの方言…なんの因果かわからないけど、私の人生では79歳の誕生日を異国の地で、しかも私の天職の為、年越し炭焼き至福につきます。

良い年をお迎え下さい、私は、12月30日から1月14日~16日はラオス共和国。17日~20日ベトナムです。

13時間に及ぶ出炭作業終了

昨夜から13時間に及ぶ出炭作業終了しました。
まさに中越の闘いであった、ベトナム山岳地帯少数民族の方達にLegacyを残しました。

     

4回目の渡ベト炭焼き指導

気温昼間28度。夜は21度と暖かい日が続きます。
気温は住む場所としては最適ですが、なにせ山岳地帯の為、朝、昼、夜と停電はたびたびで、朝夕の食事の時は、電気を使う器具は全く使えない。日本の60年前です。
私が寝泊まりしてる、宿舎は、工場敷地の中の炭窯近くの会社の寮です。20台の青年達と一緒に寝泊まりしています。(私は、個室ですけどトイレ洗面所は、20m離れた所)。青年達は、1部屋に12人2段ベットで賑やかなものです、ホテルもあるけど1泊2千円ぐらいのゲストハウスまで往復1時間以上かかる為、行き帰りに疲れます。
日本を出て、11月28日から今日で10日余り経ちますが、1回も風呂に入ってません、

刑務所さえ1週間に一度はあると聞いてますのに、ラオス、ミャンマー、ネパール、ベトナム、私が行った所は、風呂なし、水のシャワーはありますけど…これ又山水の為、冷たくて風邪引きそうな感じです。
まぁ兎も角、80歳近い爺には、何もかも、こたえます、^_^^_^^_^
好きで炭焼きの道に入ったから苦にならないから不思議ですねー。

私が13歳から66年前炭焼きを始めた時代に遡及した感じで、懐かしい思いがします。
屈折66年の今が一番幸せです。
13歳で弟子入りして、現在人に教える楽しさ人生最高の至福です。
私の師匠は、大分県耶馬溪(現在は市町村合併、中津市になった)で今もお元気で、88歳です。

命ある限り、私の技術を価値あると思われた方には、打算なく、惜しみなく伝承して行きたい。

79歳の爺のつぶやきてす。

 

   

4回目の渡ベト11月28日から今回は炭焼き指導へ

4回目の渡ベト11月28日から今回は炭焼き指導です。「備長炭」「黒炭」「竹炭」を焼きます。
帰国は…炭が出来上がるまで。ゼロ戦特攻隊片道切符で来ています。

ベトナムは、1975年…史上最悪の破壊戦争が終わって5年後、更に10年にわたり泥沼のカンボジア内戦に介入し、42年間に及ぶ戦いの連続の国でした。経済の立ち遅れは激しく、現在ベトナムは近年周辺各国の援助支援を受けて急速に発展しつつあります。

私が今炭焼き指導の現場は、首都ハノイから南え約300km。ビン市から更に西へ100kmラオス国境まで30kmの山岳地帯の少数民族が住んでいる標高800mの所です。ベトナムは少数民族が58ある多民族国家です。

白炭窯(備長炭)、黒炭窯、竹炭窯、の製造の為、ベトナムを訪問します

10月24日から11月7日まで、10月から3回目の渡ベトです。
今回の仕事は、白炭窯(備長炭)、黒炭窯、竹炭窯、の製造です。
ラオス人、中国人、ベトナム人、合計22人の作業。(通訳含め)

首都ハノイから南西へ約700kmの山間部にある、ターイ族山岳部に向かいます。
ベトナムは、アジアではもっとも多い少数民族が60を超えると言われる社会主義共和国です。
今回はベトナムの国策である、「山間部の経済活性化を図る事」が目的である製炭事業の為の訪問です。

大阪千里にて(熊本県の観光と物産展)10/22日まで出展中です!

本日10月19日より10月22日まで、「熊本県の観光と物産展」(大阪千里)に出展販売しています。
ブース名は「熊本県木竹炭振興会 補助事業」です。

会場には、くまモンの姿も!

皆様、是非遊びに来てくださいね!

「平成29年度熊本県の観光と物産展」
日時:平成29年10月19日(木)~22日(日)
時間:10時~19時(最終日17時まで)
場所:大阪府豊中市新千里東町1-3 せんちゅうパル南広場一帯(千里中央駅隣接)
※熊本兼木竹炭振興会ブース(Dゾーン28番)

  
 

 

炭焼きは地球を救う。ラオス共和国~ベトナム社会主義共和国

今回、9/29~10/8の間福岡空港からベトナム経由してラオス共和国に(今年3回目)の訪問。
ラオス共和国ワッタイ空港からベトナム社会主義共和国ハノイから南西に約450キロ、ラオス共和国國境の少数民族の住むタイ族の村に炭窯作り、焼き方指導に(今年2回目)行きました。

【ラオス共和国】
人口675万人。国民総所得145億ドル。
【ベトナム社会主義共和国】
人口9270万人、國民総所得、1904億万ドル、日本國、人口1億2699万人、国民総所得約5兆円。
日本と比較すると歴然としてます。
この国はアジア最貧乏国です。焼いた炭は、ほぼ全量日本に輸出します。

 

ベトナムハノイからラオス共和国ワッタイ空港に着いて夜遅くまでベトナムの炭窯作りの協力を得る為、ラオスで指導した弟子達に会って協力をお願いして了解を得ました。
最初は、ベトナムは、怖い国のイメージがあり、過去の戦争では、中国、日本、アメリカ、と争った印象が強く残っている為、難色を示していましたが、
「世界は一つ、グローバル時代、保守的な歴史は残しながら、リベラルな考えで、(炭焼きは地球を救う)炭窯の作り方、焼き方を求め者に与える事が我々の務めだ」と説得しました。

ラオスには日本食堂が沢山あります。
午前中備長炭の仕分け工場に行き午後夕方からビエンチャン、ワッタイ空港からハノイ、ノイバイ空港に移動します。

        

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飛行機で1時間のところのビン空港に行きます。
そこからラオス国境近くの山岳地帯に車移動です。
ベトナムハノイから南へ、フライトで1時間ビン市炭窯の工場を造っている所から、夜(ベトナム時間21:10分)にハノイに着きました。ハノイ市内のホテルに宿泊です。

後日、ベトナム政府からまた、別な所から指導要請が来ました。
タイ族の酋長ハイさん(少数民族)の生活向上とベトナム経済産業発展の為、是非國家協力して欲しいと懇願されました。当分ベトナム行きが続きそうです。

ベトナム社会主義共和国炭焼き指導

福岡空港を10時35分定刻にフライトして台湾台北空港乗りかえて今やっと香港国際空港に到着して17時45分発KA295.ベトナム、ノイバイ国際空港に18時45分(日本時間20時45分)に到着、家を朝6時に出て16時間45分掛かってベトナム、ノイバイ国際空港に到着、1人旅言葉は通じず、手荷物検査、身体検査2~3回受け迷いながらもながらも到着しそうです。

ベトナム社会主義共和国
ゲェアン県ウェオン省ドンバン村です。
タイ族の村で山岳民族が住んでる。
経済産業省のプロジェクトです。

 

今日のお昼はスズメとシリ鳥の蒲焼きです。

ベトナムの炭焼きは、昔からありますが、技術的に幼稚です、資源の少ない日本に輸入するには、技術指導が必要です、ベトナムは資源が沢山あります、特を少数民族は、経済的にも恵まれずていない状況です。

【アジアの国々の炭焼き事情】
この度、ベトナム社会主義共和国関係者からの要請を受け、黒炭、白炭工場を視察して感じた事。
ベトナム、ハノイ、ノイバイ国際空港から南西に車で6~7時間ラオス国境近くにゲェアン県ウェオン省ドンバン村タイ族山岳民族が住んでいる。

周辺には豊富な資源を利用して経済の活性化を目指している。
ハノイ周辺には各所でオガ炭工場、中國式の窯、酋長は、1999年にJICA指導で黒炭窯を構築している。酋長は私より3歳下で近親感があり、次回来た時、竹酢液の採取方法を是非指導して欲しいと依頼された。
その他各所で炭工場があるが、大半は粗悪品が多い。
技術指導すれば、日本向けの製品も増加する。
因みに日本輸入は、日本林野庁(2018年1~10月)資料によると、マレーシァ、インドネシア、ラオス、中國、に続きベトナム(4000t.)の輸入量である。
今後期待出来ると感じた。
半年ビサが必要かもしれません^_^

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